席を譲るのになんで勇気が必要か?

バスや電車で席を譲っている人を見かける。

当然っちゃ、当然。社会的なモラルとしてね。
とても気持ちが良い行為だし、とても勇気のいる行為だと思う。

んっ?でもオカシイな。
イイ事してんのになんで勇気が必要なんだろうか?

そうだよな。誰がどう見てもエライ!と賞賛されこそすれ、
白い目で見られる筋合いのない善行だ。
なぜイイ事するのに勇気が必要なんだ?
っと考えてみる。

要因は2つある。

一つ目は、
『うわ~、あの人イイ人ぶってる~』って思われるンじゃないかって
いう≒疑心暗鬼な気持ち。
この日本人的な控えめな感覚が邪魔するわけだ。
んでも、これは大丈夫。君は(オレは)イイ事をしてるんだ。
文句言われる筋合いはない。堂々としていればいい。
N.Pです。

んで、問題なのは二つ目で。

『私は座らなくても結構です』と断られるんじゃないか?っていう心配。

コレだ。コレが厄介。
コレが無さそうで結構ある。

先日も電車の中で、大学生くらいの若い男の子が、
目の前に立っている初老のお婆さんに席を譲った。
まぁ、見た感じキリッとしてて若々しいお婆さんなんだけど
その大学生からしたら『譲るべき対象者』に見えたんだろうね。
『どうぞっ』っと席を立った瞬間。

『あぁ、結構です。
 私そんな譲られるほど年寄りじゃありませんので』

くぅ~~。キツゥ~~。
そんなハッキリ言わんでも……..。

コレが問題なんだよ。コレが。
コレ言われちゃったら譲れないよね。絶対に。
もちろん、そんな人ばっかりじゃないにしても
10人譲って1人そういう人が居たら
二度と譲らないよね。譲る側としては。

だからさ。思うわけですよ。

譲る側に
『対象者に席を譲る』という社会的なモラル、
それに準ずるマナーがあるように、

譲られる側にも譲られる側の
  モラル、マナーが必要だと。

どんなに
『わたしゃ元気よ!年寄り扱いしないでよ!』
と思っていても、あなたがそれ相応の年齢に達しているならば
グッと堪えて、
『すいません。ありがとうございます』
と譲られるのがマナーです。
当たり前です。
大人なんですから、そのくらいのコト考えて欲しいモンです。

そういう相互関係があって初めて社会道徳として完成されるわけです。
理解して頂きたい。

自分のお婆ちゃんがお小遣いとして¥10,000くれようとしたら
30歳過ぎてようが、40歳過ぎてようが
『いいよ。いいよ。いらないよ。』
って言いますか?
オレは絶対に言いません。

『うそ~!嬉しい!いつもありがとうね~』

と言って受け取ってあげるのが孝行ってもんです。

席の件もそれと同じ。
身内であろうが他人であろうが、
相手の気持ちになって考えてあげられてこそ
大人の貫禄ってもんじゃないでしょうか?



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