北の国からにみる黒板五郎という父親像

最近、会社の後輩からDVDを借り
“北の国から”の初期の連続ドラマを観た。
大学生の頃、一度観たことはあったんだけど
その頃より全然グッと来るものがある。

もちろん前回と違い自分に子供ができたというのも大きいが、
それだけか?
このDVDを貸してくれた2つ下の後輩も同意見。
北の国からには我々を引き込む何かがあるらしい。

脚本を書いた倉本聰は、
文明、消費社会へのアンチテーゼの意味を込めたそうで、
東京=文明、消費社会の象徴であり、その対照として北海道が描かれている。
放送された1981年はバブル前夜という経済成長著しい時期。
そんなに浮き足立ってイイのか?地に足つけないでいいのか?
と黒板五郎は不器用に世の中の流れに逆行していく。
この後、バブル経済になるわけだけれども。

当時、オレは4歳。
もちろんリアルタイムでは観てないので初めて観たのは
“北の国から’92巣立ち”だったと思う。
巣立ちを観て、それが面白かったので、
その後、連続ドラマを観たっていう流れだった。

俺は、いわゆる”団塊ジュニア”とか”ポスト団塊ジュニア”と呼ばれる世代で、
小学生の頃はバブル期、その後バブル崩壊~不況。
父親は仕事が大忙しで、家で子供の面倒を見るということは皆無だった。
同世代の大半がそうじゃないかと思う。
またファミコンが流行り、キン消しやビックリマンシールが流行り、無駄に消費され。

そんな少年時代を過ごしたボク達は、
このドラマの中の、驚くほど不器用な、けれど真っ直ぐな、
親子のコミュニケーションに心の奥で憧れているんじゃないか。
事実、あまりにも不器用すぎて目を覆いたくなったり、チャンネルを変えたく
なるようなシーンが満載だが、その後、心がグッとくる。

我が家の場合。
親父は物言わず、口も出さない。
相談したとしても、常に”いいんじゃない”としか言わない存在だった。
当時、世の中の風潮も、そんな感じがカッコいい時代だったと思う。

でも、俺たちにとって、それは物足りなかったのかも。
不思議なもんで、そんな俺たちが30代をなって子供を持つようになったら、
世の風潮は、”家族との時間を大事に”、”積極的に家庭のことに参加する親父”
がカッコいい時代になった。

やっぱりそうだ。
俺たちは、黒板五郎に憧れの父親像を見ていたんだ。

ともかく、
そんな名シーン、名言たっぷりの北の国から。
その名場面と名言を一方的にお届けしましょう。

第一回は大滝秀治演じる草太の父、清吉。

最初の頃、北海道に馴染めない純は、父親に反抗し
東京に帰りたいと母親に手紙を書こうとしたりします。

事件があり、それを知った五郎もしぶしぶ、東京に戻ることを
許します。まぁ、この件の五郎のセリフもだいぶイイです。




今回メインの清吉の名言がこれ。
駅で純を見送りにきた際、二人に語る一言。
グッときます。





清吉の言葉が心にしみる純。





その後、東京に戻ることを思いとどまる純。




話の前後がわからないと中々、分かりづらいですが、
いかがでしょうか?
グッとくるでしょ~。ねっ!?

……今後も、一方的にコレを続けますので、
必死でついてきてください。(;´Д`)



北の国からにみる黒板五郎という父親像” への2件のコメント

  1. 私はこのドラマのすべてをリアルタイムで観て、もろに巨大な影響を受けたものです。
    『北の国から』に対して思うことを考えだすと、どうにも止まらず、なおかつ文章など絶対にまとまらないんですよね…
    でも、過去にたった一度だけ必死にコトバにした時がありました。
    よろしければ覗いてみて下さいね!

    http://gemini-doors.blog.so-net.ne.jp/2009-06-01

  2. はじめまして( ^∀^)
    読んでいただいた上に、コメントまで頂きまして
    ありがとうございました。

    本編動画を無断借用し、"へなまずるく"記事を書かせてもらってますが(;´Д`)、楽しんで頂けたらうれしいです。

    今後とも、お暇なら来てよね( ^∀^)って感じです。

    宜しくお願いしますヽ(´ー`)ノ [/色]

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