東北地方太平洋沖地震

先週の大地震に際して、自分の身の回りに起こった出来事、
その後今日までに思ったことを書きます。

2011年3月11日14時46分。場所=東京。
あと数時間で週末を迎える浮き足立った金曜日の午後。
皆、それぞれの普通の午後を過ごしていたに違いない。

オレは昼飯後のダルくて翌日の出勤を控えた憂鬱な気分で
PC前でダラダラ仕事をしていた。

ガタガタガタ………..
うわっ!地震か!?

ガタガタガタ………ガッタンガッタン!ガッタン!ガタガタガタガタ!!
うおぉぉぉぉ。やべ!これはヤバイ!!

もちろん、人生で地震を幾度となく経験しているけれど
こんなにヤバイと思ったことはない。
程なくして目の前の大型キャビネット倒れ、さすがに
コレは逃げねばということで、みんなで協力しあって落ち着いて
非常階段で9Fからビルの外を目指す。

さすが日本人。冷静。順番を守って迅速に外へ。
途中、他の会社の方々とも合流して一歩一歩降りていく。
外に出て、その流れで近くの緊急避難場所へと移動する。

その間、嫁へ連絡。連絡つかず………..(;´Д`)
その後、息子携帯へ連絡。連絡つかず。

嫁は大人なのでともかく。
今日、息子は学童には行かず、学校から真っ直ぐ家に帰る予定。
ということは、ちょうど、地震発生時刻に下校しているはず。

何度も何度も両方に電話をかける。
そして、数十回かけたとき、運よく嫁に繋がった。

(オレ)『お~~!よかった。つながった。どうだ!?そっちは?』

(嫁)『よかった~(゚Д゚ )大変よ~。実家にいたら仏壇が
    ガッタンガッタンいいだしてさ~。とりあえず、今、小学校に
    迎えに行って、今いっしょにいるから。大丈夫』

(オレ)『そうか。んじゃ、電源がどうなるかわからんから切るよ』

なんと幸運なことか。不幸中の幸いとはこのことだ。
息子は震災時、ちょうど校門前に居たそうだ。
揺れていることに気づき、急いで校庭に戻り、朝礼台の下に
もぐり込んだらしい。
我が子ながら、この冷静な判断には感動した(;つД`)

その後、教室に戻り残っていた他の子たちと共に親の迎えを待ったらしい。
地震発生があと10分~15分遅れていたら…..と思うと恐ろしい(;´Д`)
一人で家に着き、リビングでおやつを食べていた時、地震がきたら……。
ちなみに我が家は大きく被害は無かったものの、食器棚だけ倒れていた。
まぁ、食器棚が倒れるのは大きなことだなのだが……。
地震で揺れる室内に一人、そこに食器棚が前倒しになってきたら…….。
ホント、不幸中の幸い…….。

電話を終えた後も、余震は続く。
近くの避難場所もザワザワとザワついている。
携帯のワンセグでニュースを観て初めて宮城県沖で
大きい地震があったことを知る。
あっ、実家はどうか!?
即、茨城の実家で電話。既に繋がらず。そりゃそうか………..

余震が落ち着いたところで会社のビルへ。
満を持して、荷物を取りに事務所へ。
これがその時の写真。


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こんなん生まれて初めて見た((((;゚Д゚)))))))

総務からお達しで『危険なので即帰宅を』とのこと。
即帰宅と言われても電車もストップしてしまっているので、
歩いて帰ることに。みんな同じだ。
会社から目黒の自宅まで約3~4時間くらいかな?っと予測し、
会社から第一京浜を進み、桜田通り、目黒通りへと抜けるルートを進む。

こんな時、オレは一人を好む。気楽だから。
後で聞いたら、結構みんな同じ方向の人たちが集まって歩いたみたいね。
遠方まで行く人たちは、集まったほうが不安じゃないのかもね。

んで、途中コンビニでお茶とチョコと携帯充電器、単三電池を買って
充電器をつけた状態で、いざ出発。


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ツイッターをしながら進む。
電波は悪いながら、ツイッターは強い。
ツイッターやっててよかったと思ったね。この時ばかりは。
ツイッターで友人同僚の安否確認と状況把握をしつつ家路を急ぐ。
途中、実家にもメールして無事を確認。実家は結構、瓦が落ちたり
塀が崩れたり、蔵に亀裂が入ったりしたものの辛うじて全員無事とのこと。

夜、20:30に家に着く。
まぁまぁ予定通り。でも、食器棚は倒れてるみたいな(;´Д`)
まぁイイ。
夕食を食べながらテレビを見て愕然。
状況は確認していたものの、これほどの被害とは………。
その日は、食器棚を片付けて就寝。
夜、何度か余震で目が覚める。

翌日、さすがに会社を休む。
たぶん目黒からだったら電車は動いてたけど、
家族を残して出勤するのは今日は気が引けたので休む。

この日も翌日も自宅待機。
最悪の週末だった……(;´Д`)
ソワソワ浮き足立ってしまって落ち着かないし、
実家とも連絡が取れなくなった。

結局、実家と連絡が取れたのが3/14月曜早朝。
親父から『電気は通った。水はまだだ。あとガソリンが無い』
と連絡がある。
とりあえず、無事が確認できてよかった。

Xデーから今日までは考えさせられることが色々あったな~。

(1)ツイッターの力
 まず、コレ。コレに助けられた。強いね。今回、その強さを実感した。
 同僚はツイッターを通して、友人から家族へ無事を知らせたりしてた。
 
 また、今回被災地にも関わらずテレビなどの主要メディアで報道されず
 全く情報のなかった我が故郷茨城の状況を掴むのに非常に役立った。
 
 さらに、被災地にも関わらず『計画停電』地区に指定されていた茨城。
 コレに対して、ツイッター内で猛烈な抗議が起こっていた。
 これが要因か定かではないが一因にはなったはず。
 その後、茨城県は国と東京電力へ要請。


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ibaraki2.jpg


 茨城は現段階で計画停電地区から外れている。

 逆にツイッター内は情報が煩雑になりすぎてメチャクチャになっていた。
 ていうか、現在もメチャクチャになっている。
 流言蜚語が飛び交い、RTの雨あられ(RTは専門用語か?)。
 ホントに、筋の通った正確な情報ってもんを取捨選択する技術が必要だ。
 
 だから、いい意味でも悪い意味でも手軽な情報ツールだと実感。

(2)テレビの力
 今回のテレビの報道はヒドかったと個人的には思う。
 というか、現在進行形でヒドイ。
 テレビというメディアの影響力というのは尋常じゃない。
 インターネットやラジオの比じゃない。
 『テレビ=正確無比』という(若干aboutだが)構図ができあがっている
 以上、テレビは情報を電波にのせるに当たって、非常にデリケートな
 配慮を必要とするはずなのに……。どうだろうか?
 その情報の煩雑さ。ツイッターと変わらないじゃないか?
 数字を取るためなのか、各社一斉に被災地の悲劇的な映像を流し散らかし
 視聴者の不安を煽り続けている。
 チャンネルがこれだけあるにも関わらず、一切統制をとらず、各社同じ映像。
 こんな時なのだからこそ、各社分担して各被災地の状況を伝えるべきじゃないか?
 結局、宮城、岩手を始め東北地方に集中してしまい、
 関東圏及び長野の情報が疎かに。

 今は、各社同じように福島の原発事故の報道を流し散らかしている。
 どこも同じように、『こんなに!?』的な日本国民の不安を煽る報道。
 これを聞いて、どうするのか?どこか他の国に逃げろと言ってるのか?
 空も空気も繋がってるんだよ。どうしよ~もないこと言い散らかさないで欲しい。
 あげく、今度はモノ不足の煽り。『こんなに何もない!?』と。
 
 テレビは、上記のようになった情報を精査し正確な情報を流すのが本分だと思います。
 自分達の影響力を知ってもらいたい。

私も我を忘れてツイッターでRTをしまくり途中で冷静になりました。
これじゃダメだと。混乱させるだけだと。
とりあえず、現在も自粛中。
できるだけ煽るような『ツブヤキ』は避けようと。
混乱しているときこそ、一箇所でジッと見守っている人になろうと。
本来、オレはそういう受身な人間。
我を忘れちゃいかん…….反省。

普段の性格とは違う自分が出てくる。
まさに混乱とはこのことか……..。
冷静に判断を。賢明に判断を。
こんなときこそ。
いや、こんなときだけでいいから。
怒らず、ナジらず、愚痴らず、焦らず、めげず、流されず。
自分の意見を持って、手に手を取り合って協力を。




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