マルモ、グッドライフ、名前をなくした女神にみる象徴的な父親像

先日からの続きでドラマの話を。

今クールのドラマの中で

・マルモのおきて
・グッドライフ
・名前をなくした女神

俺の中で、この3つにど~も引っかかることがある。
何かな~?っと考えてたんだけど。
ふと思いついた。

共通してる事があるんだよね。
それは、何か?

『象徴的な父親像』

そう。それだ。それだ。オレの中の引っかかりは。

『マルモのおきて』は、
主人公が「死亡した親友」が離婚後男手ひとつで育てていた
幼い双子を自ら引取り育てていくというヒューマンコメディドラマだ。

毎回、『子供達の気持ちを分かっていなかった』という自省があり
そこが、まさに見所であり泣き所である。

描かれる父親像は、
いわゆる『子供の気持ちに気配りができる優しい父親像』だ。

『グッドライフ』は、
家庭を顧みない仕事人間の主人公が妻の家出を期に
幼い息子との二人暮らしを余儀なくされる。
その後、息子が白血病になってしまい闘病を通して父子の絆を深めていく。
闘病の甲斐あって息子の病気は良くなるのだが、今度は自分がガンになってしまい
余命残りわずかとなってしまう。これもまた所謂ヒューマンドラマ。

仕事人間だった父親が、ゆっくりゆっくり子供を思いやる優しい父親に
変化していくところが見所である。

ここで描かれる父親像は、『強くたくましい父親』だ。
昭和の父親というのかな。
もともと離婚の原因は主人公の家庭を顧みない態度だったわけだが、
劇中その部分は暗に触れられない。

家庭を捨てて逃げた母親に問題があり、
子供とともに、この局面を乗り越えた父親が美化されている。
子供も『お父さんは僕とお母さんのために仕事を頑張っていた』
『お父さんは男らしくカッコいい』と主人公を評価する。

このようにかなり強引にグイグイ話を進めていく。
挙句、自分がいつ死んでもおかしくない状況にも関わらず、
『オレが面倒みる』と子供を一人で育てると言って他人の意見に耳を貸さない始末。

こう書くと、批判めいて聞こえるかもしれないけど、そうじゃないよ(゚Д゚ )
オレはこのドラマが好きだ。
ドラマはドラマチックに。強引に。ってのが好みなので。個人的に。
とにかく、強引でも『強くたくましく男らしい父親』が描かれている。

最後に、『名前をなくした女神』はどうだろう?
このドラマは、基本的に幼稚園に通う子供を持つママ友同士の
それはもうオドロオドロしい関係が描かれているわけだが、
その背後に影薄く父親像が描かれている。
たぶん、男親に対する皮肉が込められていると思う。
このドラマにはいくつかのタイプの父親がいる。

『アットホームだが、リストラされる男』
『妻にコンプレックスを持つ男』
『妻を束縛し、暴力をふるう男』
『妻の強引な子育てに嫌気がさして家に寄り付かない男』
『妻子供が日々どうしているか完全に何もわかっていない男』
などなど。

どれもこれもダメダメな父親像だ。
そして、このダメな男達に共通することは、
『鈍感な父親。家族に無関心な父親』である。

私見だが、
現代の男親の大半が
3番目の『鈍感な父親。家族に無関心な父親』ではないかな。

この3つのドラマは、図らずも象徴的な3つの父親像を描いているわけだ。
ドラマは時代の象徴を表現すると言われる。
『父親』というもののアウトラインが、
ますますボンヤリとしてきて原型を留めないくらいになってきているからだろうな。

女性がますます強くなり、世の男が『草食』と揶揄される今。
家庭における『理想的な父親像』ってのはなんだろうか?
この3つのドラマは、視聴者に『どのお父さんが好みですか?』
『どんな父親がイイかぼんやりしてて僕たちにも分かんないんでお好きなものをど~ぞ』
って聞いてるわけだ。

政治の世界もそうだ。
菅さんが蓮舫に本気で口ゲンカしても勝てる気しないもんな~。
つか、誰も蓮舫に口ゲンカで勝てる気がしないでしょ?
それだけ女が強くなったってことだよね。
それも象徴的。
田中角栄のような『よく分かんないけど、ものスゴイ政治家オーラがある』
って男がいないもんね。今。

がんばろう!日本。
がんばろう!日本男性諸君。

あ~、そうだそうだ。
まだ続きが書けそうだな….。

けど、長くなったので次回で。



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