帰省するということ

今年の夏休みも無事、
実家のある茨城に帰省することができた。

帰省した際、嫁、息子を連れて
親戚まわりをするんだけど、どこに行っても

『今回、ウチの息子は帰ってこないんだわ~』

と必ず耳にする。
親戚の同世代の人たちは、
ウチの弟を除いて全て地元を離れているんだけど、
GW、盆、正月と全て帰省しているわけではなく
例えばGWに帰省したら、盆は帰らず、正月には再度帰省する
といった感じらしい。
つまり、我々のようにGW、盆、正月全て帰省し、
さらにさらに必ず親戚まわりをしているという家は珍しいようだ。

これは別に『オレたちはキチンとしている』とか
そういった事を言いたいわけではなくて、
それを言うなら、『ウチの嫁はキチンとしている』というが正解で。
つまり、
お付き合いしてくれる『嫁の懐の広さ』がスゴイと言いたいのだ。

たしかに我が家は普段東京で嫁の実家の近くに住んでいる。
とはいえ、毎回長期の休みがあれば旦那の実家へ付き合って帰るといった
ことが、果たして誰にでもできるだろうか?
いやっ!できないだろう。実際、ウチの親戚はドコもできてないわけで。

そういった意味で言えば、ウチの嫁は『できた嫁』であり、
嫁に感謝しなくてはいけないなぁと思う。普段の態度は悪魔だが….。

(オレ)『悪いな。いつも』

(嫁)『やけに素直ねぇ~( ̄Д ̄)。気持ち悪いわ』

(オレ)『いや~、毎回毎回休み潰しちゃって悪いな~と思って』

(嫁)『ふぅ~~ん。まぁ、そういう風に思ってもらえると
    ありがたいけど別に全然気にしてないわ( ̄Д ̄)
    むしろ、茨城好きだし。家でプスプスくすぶってるよりイイわ( ̄▽ ̄)』

嫁的には本心で言っているようで茨城行きはまんざらでもない感じ。
この懐の広さ。見習いたいもんだ。
オレだったら、せっかくの休みを気を使って過ごすのは絶対にイヤだけどな。

ありがたや。ありがたや。

今回、実家に帰って母からこんなモノを渡された。


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(母)『あんたの学費用の通帳とお年玉とかを入れといた通帳。
    もう残高も無いし必要ないから解約しようといたんだけど、
    本人じゃないとダメだっていうから、あんた東京で解約して』

見てみると細かい出入金の明細がたっぷり。
あ~、懐かしいな~。オレの大学ン時の学費とかアパート代とか
ココから落としてたのか。

今年で60歳になる母。
7月で定年退職を迎え、
たぶん、いつ何があっても困らないように身辺を整理していた時に
みつかった整理品の一部なのだろう。

この通帳を解約するように息子に渡した母。

『私の子育ても終ったわね~』

という感慨を感じる。
この通帳の汚れには、『北の国から’87初恋』で五郎が
古尾谷雅人扮するドライバーに渡した万札の汚れと同じ
『子を思う親の気持ち』が込められているのだ。

長い間、ホントにお疲れ様でした。
それと、ありがとうございました。

『ゆく人、くる人』というか、『ゆく世代、くる世代』というか。
今度は、我々が息子たちにつなげていく番か。

我が家の墓の前で眼を閉じ深々と頭を下げ手を合わせる
我が嫁の横顔に『くる人』の母としての使命感と覚悟のようなものを感じた。
なんと頼もしいことか。

故郷に帰ること、家族や親戚に会うこと、先祖を参ること。
ってのは、そういうことを考えることなんだろうな~っと
しみじみ感じる帰省なのでした。

お~~、なんとまとまりのない文章なのでしょうか……。



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