親は親、子は子

昨日は、世話になった先輩の母親のお通夜だったわけだが、
いろいろ考えさせられる一日となった。

そのお母さんは都内で一人暮らしをしていた。
先輩とその兄弟は既に家庭を持っていて、
各人、神奈川、埼玉、千葉に家を持ち暮らしている。

僕も知っているが、そのお母さんは年齢の割にはしっかりした人で、
先輩も多少は気にはしていたが、『しっかりしているから大丈夫』と
楽観していた。

先週末のこと。
先輩の妹さんが電話をすると何回かけても電話に出ない。
不安に思った妹さんが自宅を訪ねると、
居間に座り、机に突っ伏す形で亡くなっていたそうだ。

ここまで聞くと、所謂『老人の孤独死』の話になってしまうんだけど。
この話の肝はそこじゃなくて。ってことで話を進める。

至急、兄弟全員が駆けつけ話をしていると
一人のオバサンが騒ぎを聞きつけて訪ねてきた。

そのオバサンは、
お母さんの自宅マンション1Fに入っているコンビニの店員さんで、
騒ぎを聞きつけて訪ねてきたそうだ。
お母さんは、よく1Fのコンビニを利用していたようで、
このオバサン店員とは、ちょくちょく世間話をしていた。
オバサンの方も、買い物の内容から一人暮らしの老人なのだろうと
推測して気にかけてくれていたらしい。
それで今回、上階の訃報を聞きつけて訪ねてきたとのこと。

対応した先輩に、オバサンはステレオタイプな挨拶をした後、
『こんな時に、こんな話をするのはもどうかとは思うんだけど……』
と前置きをしつつ話し始めた。

お母さんのコンビニでの買い物ってのは、
いかにも老人の一人暮らしって感じで
例えば、
・コロッケを1パックだけとか。
・おにぎりを一個とか、
・おでんのシラタキを一つとか、
・500mlの牛乳を1パックとか。

寂しい感じがするけども老人が一人で食べる量なんて
若者が考えてるより驚くほど少なくて1品あれば十分事足りる。

んで、この買い物内容を見て
このオバサンは話し掛ける様になったわけだ。
『今日は暑いですね~』とか
『おでん、さっき作ってちょうど美味しくなってる頃合いですよ~』
とか。

このオバサンもお母さんを歳のわりにはしっかりした人だな~っと
思っていたそうだ。

けど、ここ3~4ヶ月前から様子がおかしくなってきた。

いつもなら牛乳を500mml1パック買って帰るだけのはずが、
その日は1Lパックを3本も買っている。
あれっ?っと思ったオバサンが

『あれっ?おばあちゃん。今日はたくさん買いますね~。
 どうしたんですか~?』

と聞くと、

『そうなのよ~。子供たちが沢山飲むのよ~。
 いくら買ってもすぐ無くなっちゃうからね~。大変よ~』

との返答。
不思議に思いつつも、お孫さん達が遊びに来てるのかな~?
っとその時は思い返し黙っていた。

また別の日、
いつもなら、おでんも1品2品くらい買って帰る程度のはずが、
その日は10品以上買っていて、それを見たオバサンが、

『あら~。今日は誰かいらっしゃってるんですか~?』

と聞くと

『誰も来ないけど子供達が食べるのよ~。食べ盛りだからね~』

と答が返ってきて、
挙句、そのおでんを手に店を出て行こうとした瞬間、
思い出したように踵を返して

『あ~、そうだそうだ。私、今日おでんを買おうと思って
 忘れてたわ~。おでん頂戴』

と先ほど買ったおでんのカップを両手に抱えたまま
それを言ったのを見てオバサンは確信した。

このオバアサンは認知症になっていると……。

その後何ヶ月も、度々同じようなことが続くものの
子供達といっしょに歩いているわけでもなく、
病院に通っている様子もなく、
相変わらず一人暮らしを続けている様子を見て
どこまで踏み込んでいいものか戸惑っていたそうである。

『あんな状態の親を一人暮らしさせるなんて可哀想過ぎる。
ホントにどういうつもりだったのか?
こんな状況になってしまった後に言っても、どうしようもないけど。』

と、先輩はそのオバサンに叱られたそうだ。
先輩はスイマセンと頭を下げることしかできなかった。

通夜の席で、その先輩が僕に言った。
『落ち込んだよ。オバサンに怒られたことじゃなくて。
母親の認知症に気づいてやれなかったことに』

と。

この先輩は別に長期間、母親と全然会ってないわけではなかった。
1ヶ月前にも自宅を訪ねていて他の兄弟も同様にそれなりに訪ねていた。
にも関わらず、認知症には気づかなかったのだ。

子供にとって親は絶対的な存在で、親を客観視することって
子供には実はスゴク難しい。

今回の件にしてもそうだ。
先輩方もひょっとしたら認知症に多少は気づいていたのかもしれない。
だけど、心がそれを受けつけないのだ。認めないと言ったほうがいいか。

いわゆる『正常性バイアス』ってやつだ。

正常性バイアスってのは、
『多少の異常事態が起こっても、それを正常の範囲内としてとらえ、
 平静に保とうとする心の働き』のことをいう。

今回の大地震の津波に際しても、心のこの働きによって
逃げ遅れた人が多数いたという。

いつまで経っても、親は親、子は子ということ。
30歳過ぎた今でも、
実家に帰ると親が1万円を僕に小遣いとしてくれたりする。
いいよいいよ。と言いながらも
『貰うのも親孝行』と思いながら有難く頂くわけだけども。
この関係が変わることはない。

しかも、1ヶ月に一度ほんの僅かな時間を共有しても
やはり分からないものなんだろうなぁ……。
分かっていれば、相当なヒトデナシで無い限り
放置するわけがないんだから…….。

コレを聞いて僕も身につまされる思いがした。
気をつけなきゃいけないなぁ~っと。
でも、どう気をつければいいんだ?
とにかく頻繁に帰ってやるしかないのか?

いつまでも元気と思うな。親と自分。
亡くなってから気づいたって後のカーニバルである。



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