僕の音楽-20

先日、後輩と音楽の話をしていて
思いがけない所で、ジェネレーションギャップを感じてしまった。

『UA』を知らないというのだ。
UAだよ!UA!なんで知らんのよ。
ジャパニーズポップスシーンにおいては、
めちゃめちゃメジャー所だと思うんだけど。
断固として、知らん!というので腰を抜かすかと思ったわけです。

別にそいつは平成生まれでもないし。
1986年生まれだから……ってことは、
UAがスマッシュヒットした1996年に
そいつは10歳……..10歳?
……….う~~~ん。有り得るか….?。
でも、思いっきりヒットチャート上位にいた歌手だよ。
知らないってことあんのか?
いやいや。待て。

自分は知ってるのに相手が知らない。

ウソだろ!?んなわけね~じゃん!

つか、まさにこれがジェネレーションギャップではないか!
あ~~。知らぬ間にハマりこんでいた。
世代と世代の挟間にあるクレパスに…..。

1986年生まれか~。
1986年っていえば、みんなで集まって
必死で初代ファミスタの腕磨いてた頃だもんな。
その時に生まれてんのか。アイツ…….。なんかスゴイな。

んで、まぁ、そういう人たちも世の中に多くなってきたわけで。
我々が知っているのが当たり前で紹介するのもハズカシイと
思っている曲とかも知らない人がいるってことは、今回よく分かったわけです。

ってことで、今回も2曲ご紹介。

(1)UA-太陽手に月は心の両手に

UAが世に出るきっかけとなったのは『情熱』のヒットによるものだが、
この曲は、情熱の一つ前に出されたシングル曲で作曲編曲が
藤原ヒロシ、朝本浩文コンビというなんとも豪華。
個人的にはこの曲はUAの中ではベストチューンじゃないかと
思います。




(2)Roni Size & Reprazent-HEROES
1997年当時、日本はドラムンベースの炎に包まれていた。
トリップホップ系のクラブに行くと、テクノってのは相変わらず昔からの
テクノ好きってのがいて頑固にテクノ一本だったりするんだけど、
そこから流行りに乗った人たちはドラムンベース、ビッグビートに飛びついた。
このあと2ステップが流行るまではドラムンベースが
幅を利かせていた気がする。
ロニサイズといえばドラムンベース界では天才と称されていた(たしか….)
確かに曲も良い。
僕はライブにも行ったんだけど今は無き新宿のリキッドルームだったっけな?
ドラムが生ドラムだったので驚いたの覚えています。
当時のリキッドルームは皆が踊ると床に抜けるんじゃないかってくらい
グニャグニャ揺れてね。懐かしいな~。








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