「サザエさん」と「ちびまる子ちゃん」は永久に不滅なのか!?

日曜日の夕方、明日から始まる長く忙しい一週間を目の前に憂鬱になった日本人はこう思うのだ。

『あ~、サザエさんでも観てほのぼのするか……』

そう。
「サザエさん」が1969年から今年で43年という長きに渡り日曜日の18:30という時刻に放映され続けている理由はその一点に尽きると僕は思う。

僕が勝手に思いこんでいることだが、サザエさんを観る人たちの日曜日のTVタイムスケジュールは、
たぶんこんな感じじゃないだろうか?

18:00 ちびまる子ちゃん

18:30 サザエさん

19:00 鉄腕ダッシュ

この3つは、ほぼほぼイッてるんじゃないか?

まさに『ほのぼの』『アットホーム』『癒し』

日曜日の夜に、感情を上下させるようなドギツイ番組は観たくないのである。

求めているものは『変化しない安定感、安心感』だ。

しかし鉄腕ダッシュに関しては、震災後、軸であった『ダッシュ村』が立ち入り禁止になってしまったため残念ながら継続できなくなってしまった。

なんとか『ダッシュ村』抜きで番組は継続しているものの、以前のような癒しのパンチ力不足は否めない。

残る2つは「ちびまる子ちゃん」と「サザエさん」である。

この二つは未来永劫「変化しない」番組作りをやってくれるのではないだろうか?と期待していたのだが、それは無理だと気付いた。

「ちびまる子ちゃん」と「サザエさん」には決定的な違いがある。

それは『時代背景』である。

ココがまさに43年という長い歴史で培われたサザエさん作りのマジックと言える部分なのだが、サザエさんは時代背景が微妙にグレーなのである。

サザエさんの誕生は1946年。
その後、先に述べたとおりアニメ放映開始は1969年。
この時点でも23年の差がある。
たぶん、アニメ放映開始した1969年からそれ以前の10年くらいを目安に舞台設定をしてるんじゃないかと思うんだが、これもあくまで僕の憶測に過ぎない。
人によって意見はバラバラだと思う。

これがサザエさんのウマイところで、微妙に時代を特定させる『コレ』というものを出さない。
毎回、日本の年中行事などを盛り込んで季節感は出すものの、それを一年間やり尽くすと、また元に戻るという作り方でいつまでたっても年を経ないのである。

では、一方の「ちびまる子ちゃん」はどうだろうか?

もう既にココまで読んで頂ければお分かりの通り、ちびまる子ちゃんの時代背景というのはキッチリ決まっている。

ちびまる子ちゃんは、作者さくらももこ氏の子供時代を背景としており
1970年代前半が舞台である。
時代を特定させる設定もバッチリ出来ていて、例えば、まるちゃんは「山口百恵」のファンであり、まるちゃんのお姉ちゃんは「西城秀樹」のファンである。

ココだ。
ココがこの二つの番組の決定的な違いであり、ちびまる子ちゃんがサザエさんになり得ない理由である。

ちびまる子ちゃんに「未来永劫の不変」は無いのである。

今の段階で僕等世代(1976年生まれ)は、この時代設定で懐かしさを感じることができる。

僕等のもう少し下の世代までは、なんとかイケるんじゃないかと思う。

ちびまる子ちゃんの「ほのぼの」は劇中の彼等のやり取りもさることながら、その時代背景も含めて構成されている。

だが、もうそろそろ無理がきているのだ。
もう「百恵ちゃん」も「ヒデキ」も本当に分からない世代が来ているのだ

先日、24時間TVに2回の脳梗塞を克服し復活を遂げた西城秀樹氏が登場した。
ココまで復活するのは並大抵の努力では無いわけで、「YOUNG MAN」を歌いきった西城氏に対して大きな拍手が送られた。

しかし、その西城氏の姿は、まるちゃんのお姉ちゃんが

「ヒデキ~~!!カッコいい!!しびれる~~!!」

っと黄色い声援を送る若かりし日の西城秀樹ではなかった。

「まるちゃんに出てくるヒデキってこの人か…….」

っと、現在、ちびまる子ちゃんを見ている小学生はそう思うだろう。

ちびまる子ちゃんは歳を取らない。
しかし、西城秀樹も山口百恵も僕達も望まなくても歳をとってしまう。
そして、いつか死んでしまう。

時代背景がハッキリしている以上、いつか方向転換というか時代背景の切り替えをしなくてはならない。

その時、「未来永劫の不変」というものは消えてしまうし、
切り替えた時点で、その作品は僕等の知っている「ちびまる子ちゃん」ではなくなってしまうのだ。

残念だけど、コレは仕方ないことだ。
僕は、その分岐点を是非観てみたいと思っている。

そういう意味で、サザエさんという番組は偉大である。
カツオもワカメもタラちゃんも永遠に歳をとらなくても大丈夫。
そして、
僕等が歳をとっても大丈夫な「未来永劫不変」の番組なのである。

もしも、変化する時が来るとしたら、それは車が空を飛び、人型ロボットがその辺を闊歩し、木造の家なんてドコにも無くなったドラえもん的22世紀が訪れた、その時なんだろうな。

っと個人的にはそう思うし希望してたりなんかするのだ。