小話

僕の自転車

自転車に鍵をかけなくなって3ヶ月。
ついに自転車がなくなった。

会社帰りいつものように最寄駅の駐輪場に行き、
いつもの駐輪No.355を確認すると、
今朝、止めたはずの僕の自転車は忽然と姿を消していた。

「ついに来たか.....」

そう思いながら念のため周辺を捜してみるが
それらしい茶色の自転車は見当たらない。

フ~~っ......。
若干、落ち込んだものの、まぁ想定内の事態だ。
なにしろ一日に数百人、いや下手したら千人に届く
利用者数のある公共の駐輪場に鍵をかけずに置いておけば
そりゃいつかはなくなるわな.....逆に1ヶ月もあったことの方が奇跡。

僕がなぜ鍵をかけなくなったか。
いや、正確に言えば「かけられなくなった」か。
それは鍵をかけなくなった3ヶ月前のその前日までさかのぼる。

その日も、いつものように会社帰り自転車を取りに駐輪場へ。
いつものようにNo.355を確認、いつものように茶色の自分の自転車を見つけた。
キーケースから自転車の鍵を取り出し鍵穴に差し込む。

?????

鍵穴に差し込めないな.......。
あれっ!?鍵穴に鍵が差し込めない!

覗き込むと、何かしらの工具で鍵穴をガヂガヂに曲げられており
全く鍵が差し込めないようにイタズラされていた。

フ~~.........めんどくさい......。

仕事帰りにこのような災難にあうとド~っと疲れが出てくる。
とりあえず、駐輪場の管理室へ行くが既に店じまいしている。

クソ~~.....役に立たないな......仕方無い。

最寄の自転車屋に電話を掛ける。
夜は20:00までやっているようだ。
歩いていけばココから20分くらいでいけるか。

僕は自転車の後輪を持ち上げた状態で歩いて
自転車屋をめざすことにした。

いつもなら20分のところを1時間近くもかけて
自転車屋へ到着。ずっと、持ち上げていたせいで
右腕はもうパンパンだ。

理由を話し鍵を外してもらう。

「お客さん。新しい鍵どれにしますか?」

「はい?」

「いや、新しい鍵どうしますか?つけた方がいいですよね?」

「....................いや、いらないです」

「えっ!?」

「いや、もう鍵いらないです。鍵があるからこんなことになるんで」

「え~~っ!お客さん。気持ちは分かりますけど、鍵かけなかったら
 すぐに盗まれちゃいますよ。たぶん」

「う~~ん。そうですね。そうかもしれないですが。
 でも、とりあえず鍵無しでやってみます」

エライ目にあった僕の思考回路は疲労とあいまって壊れていたようだ。
半分、キレかかっていたのもあって何もかももうど~にでもなれ
っという気持ちだった。

店員のアドバイスを無視し新たな鍵をつけずに帰宅。
翌日からは鍵無しで駐輪場を利用することになった。

しかし、自転車屋の予想に反して自転車はいつまで経っても
盗まれる気配がなかった。

日本とはホントに平和で豊かな国である。
それとも、鍵がかかってないことが逆に怪しかったのか?
3ヶ月間、これまでイタズラされることも盗まれることもなく
利用できていたのだ。

そして、ついに今日.......。

ついに自転車は僕の目の前から姿を消した。

あ~~.....こうなってみるとやっぱり鍵をかけるべきだったかなぁ......
まさに後の祭である。

お前が決めたことだろ。
こうなることは予想してただろ。
あんな新しい自転車。カギかけなかったら盗まれるに決まってるだろ。
バカだな。お前。
怒られるぞ。嫁に。

頭の中で渦巻く幾多の後悔の念....。
僕はトボトボと自宅へ歩いたのだった。

案の定、嫁にはケチョンケチョンにされ、
新しい自転車を購入する話も言い出すことができなかった。
今言ったら殺される勢いだ。

翌朝、癖で自転車置き場へ向かった。
ボ~~ッとした頭で自転車が無いことを見つけ、
ハッとする。そうだ。昨日自転車盗まれたんだ。
自転車がないのでバスで駅へ向かった。

癖というのは恐ろしいものだ。
朝、間違えたばかりなのに
帰りもいつものように駐輪場へ立ち寄ってしまう。

「あ~~、違う違う。自転車じゃなかったんだ.....」

駐輪場に入ってハッと気が付き踵を返そうとした
その時、アレっ!?
駐輪No.355に見慣れた茶色い自転車があるのが目に入った。

「あっ!?アレ!オレの自転車だ!」

目の前まで行き確認する。
間違いなく僕の自転車だ。

どうして?昨日、見間違えたのかな?
んっ?

自転車のハンドル部分を見ると、
紙の手提袋がぶらさがっていた。
なんだろう?
中を見てみると、この近所にある
洋菓子店の焼き菓子のセットといっしょに
ポストイットでメモが貼ってあり、

そこには

「遅くなり申し訳ありませんでした。
 よろしければ召し上がってください」

とキレイな字で書かれていた。

うっ、うわ~~.......

自転車にまたがり駐輪場を後にする。
頭の中では、アレでもないコレでもないと、
考えが浮かんでは消えて、浮かんでは消えて
全然まとまらない。

途中、自転車屋に立ち寄り新しい鍵を付けてもらう。
そして、途中のコンビニでぶら下がっていた手提袋を
中身ごとゴミ箱に放り込んだ。

う~~ん。どう考えても、つまりそ~いうことなんだよな......。

..............

翌朝、いつものように自転車にまたがり、颯爽と走り出した。
やっぱり自転車はイイな。気持ちがいい。

駅に到着してNo.355に止める。
そして昨日取り付けたばかりの鍵をガチャリとかけて、
駅へと歩き出す。

う~~ん.......。

僕は、クルッと踝を返しもう一度駐輪場に向かう。
そして鍵を取り出し自転車に差し込む。

ガチッ。
自転車のロックが外れた。

そのまま僕は駅へ歩き出した。

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