共有する日本人

ボヤ~ッと考え事。
思いつくままに記録、記録。

SNS,写真、動画、カーシェアリング、ルームシェア、
古本、中古CD、レンタルDVD。

こうやって並べてみると、
一つの言葉が姿を現す。
そう、皆さん既にお分かりのとおり

『共有』

いや、一つじゃないな。二つだね。
共有だけじゃなく、

『記録』

ってのもあるね。

我々現代人の日々の欲求は、
『共有』と『記録』によって満たされている。

カメラで写真を撮り(記録)、
ツイッター、Facebookにアップロードする(共有)
それに対してのレスを読み(記録)、
またそれによって周りの評価を確認し合い(共有)満足する。

部屋を他人ととも借り(共有)
ちょっとイイ部屋に住み、家族でも恋人でもない他人との
ちょっと不思議な共同生活を体験し(記録)
そんな生活を第三者に話してみたりして(共有)
その評価を確認し満足する。

気になった音楽をダウンロードし(記録)
その良さをSNSに書き込み、YouTubeにアップし(共有)
それに対してのレスを読み(記録)、
またそれによって周りの評価を確認し合い(共有)満足する。

共有する対象は写真、CD、本、レンタルDVD
ではとどまらず家(ルームシェア)、車(カーシェア)にまで
広がっている。

そこに欠けているものは何?

そう。
『所有(専有)する喜び、満足感、優越感』

CDやレコードをコレクションして並べておく自己満足、
ピカピカの新車の自家用車を持つステイタス、
ピカピカの新築の自宅を持つステイタス。

そこには、『オレだけの』という優越感があるわけだけど、
その部分の自己満足的な欲求というのはほとんど無く、
むしろ、
その部分を強調することは非常に『ダサい』ことであって、
何がダサいかって、受動的にムッツリと
周りの反応を待ってる所がダサいわけで。

主流は、自己満足ではなくあくまで共有してなんぼ。

『こんなのあるよ』と共有し『いいね!』と評価し合うことなわけで。
まぁ、それも
『2,000万のフェラーリ買ったよ!』と自慢されても
『いいね!』の意味が変わっちゃうから
その共有するモノのベクトルってのは精査、取捨選択しなくては
ならないわけだけども。

それが主流になると
『所有(専有)する』必要性ってのは無くなってくるわけだね。
誰かと分かち合う事で満足できるわけだから。
いつまでも持ってる必要がない。
一時的にインプットして、アウトプットして。
はい。消化完了。

オレが高校生の頃、女子高生ムーブメント的なのがあって、
あの頃、女子高生の皆さんはみ~んな同じ格好してたわけです。
超短いスカートにルーズソックス。みんなドムみたいに。
みんなでドムりながら、片手にいちごポッキー持ってた。

それってさ。一人の子が『コレかわいい』って言って、
それをみんなで共有して『いいね!』して、結果ドムってたわけですよ。
片手にいちごポッキー持って。

それって何かに似てねぇ?
それって今でいうSNSじゃねぇ?
女子高生の中には、女子高生ってカテゴリーの
小さなSNSがあったわけだ。

個性個性、感性感性、人と違うコト、人と違うコト。
って言われ続けた結果、逆に人と同じじゃなきゃヤダって
なっちゃった我々団塊ジュニア。なんとまぁ、皮肉なことでしょう。

それこそ様々なモノが、物凄い勢いで消化されていきました。
ほんの一瞬台風のように荒れ狂ったかと思うと、
翌日は何事もなかったかのように。

んで、話を本線に戻して、
所有しなくていい派が主流になった今。
これには、それなりの理由があるのでしょう。
たぶんそれは『バブルを経験しているか否か』。

生まれたときから、既に経済が下落傾向にあった
バブル崩壊以降の世代は、生まれながらにして
倹約、節約、清貧の中で育っています。
ただの一度も贅沢に暮らしたことがない。
そして、まさにその世代が今、世の中が中心となっている。
その彼らが、そんな質素な生活の中で作り出したのが
シェアを楽しむという考え方なのではないでしょうか。

シェアという言葉を聞いていつも思い出すのが、
1988~89年に大流行した『一杯のかけそば』の話です。
内容をwikiから引用しますとこんな感じです。
1972年(昭和47年)の大晦日の晩、札幌の時計台横丁(架空の地名)にある「北海亭」という蕎麦屋に子供を2人連れた貧相な女性が現れる。閉店間際だと店主が母子に告げるが、どうしても蕎麦が食べたいと母親が言い、店主は仕方なく母子を店内に入れる。店内に入ると母親が「かけそば(具の一切ない、他には汁だけの蕎麦)を1杯頂きたい(3人で1杯食べる)」と言ったが、主人は母子を思い、内緒で1.5人前の蕎麦を茹でた。そして母子は出された1杯(1杯半)のかけそばをおいしそうに分け合って食べた。この母子は事故で父親を亡くし、大晦日の日に父親の好きだった「北海亭」のかけそばを食べに来ることが年に一回だけの贅沢だったのだ。翌年の大晦日も1杯、翌々年の大晦日は2杯、母子はかけそばを頼みにきた。「北海亭」の主人夫婦はいつしか、毎年大晦日にかけそばを注文する母子が来るのが楽しみになった。しかし、ある年から母子は来なくなってしまった。それでも主人夫婦は母子を待ち続け、そして十数年後のある日、母とすっかり大きくなった息子2人が再び「北海亭」に現れる。子供達は就職してすっかり立派な大人となり、母子3人でかけそばを3杯頼んだ。

バブル絶頂の1980年後半、この物語に日本全土が涙しました。
もちろん、オレもご多聞にもれず『感動的な話だ』と思ったものです。
ですが、どうでしょう?
本になり、映画化され、有名芸能人による朗読会まで催されたこの話。

今、この話で泣けますか?

ハッキリ言ってオレは全然泣けません。
百歩譲って、まぁイイ話だとしても、
本になり、映画化され、
有名芸能人による朗読会まで催されるような話でしょうか?
今なら、そこまでの事にはなっていなかったと思うのです。

では、なぜ、これほどまでに人気が出たのか?
これにはバブル好景気という『全国民上流階級』的な背景の
後押しあったに違いないと思うのです。
バブル期ってのは、
本当に日本全土が裕福で、浮き足立った時代だったのでしょうね。
この話に全国民が涙したわけですから。

この話が今ならば…….
お父さんの会社が不景気で倒産しちゃって離婚。
シングルマザーのお母さんと子供2人が大晦日に
蕎麦屋に現れて

『何食べようか?』

『お金無いから、3人でシェアして食べようか~?』

『そうだね。そうしようか』

となり、とても陽気な印象に。
泣ける話なわけがありません。
まぁ、
これはあまりにもパワープレイな話の持って行き方ですが。

『好景気』から『不景気』へ。
『専有』から『共有』へ。
こうも言える。
『専有(できないから)』から『共有(するしかない)』へ。
これはネガティブな書き方ですが、
そこにネガティブな気持ちはないわけです。
生まれたときから不景気。エブリタイム不景気ですから。
当たり前のことなんです。

挟間世代の僕達はその両方の気持ちが分かる気がします。

さぁ、ではこの後はどうなるか。楽しみですね。

なんて、ぼんやり考えてみたりして……。





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