高学歴と選択力

正直な話。

今後、普通に社会人として働いていく上では、
立派な学歴を持っていたほうが何かと都合がイイと思う。

コレは僕が36年間生きてきて、ふつ~にサラリーマンとして
生活している上での感想である。

僕は、普通に小中高と卒業し、都内の某3流私立大学を卒業して
今の会社でフツ~のサラリーマンとして働いているわけだが、
『東大とは言わないけど、浪人してでも頑張って
 一流どころの大学を出とけばよかったなぁ』
と感じる機会が結構ある。

『社会に出てしまえば、学力・学歴なんて関係ない。
 あえて差をつけるならば、どんな資格、技術を持っているかだろう』

なんて言われるけども、確かに業務上は関係ないことの方が多いし、
経験や技術の方が大事だと思う。
しかし、学歴が全く関係ないことは全然なくて、
やっぱりイイ大学を卒業していたほうが『世間体』がいいことは
間違いないわけである。

例えば、早稲田や慶應を卒業した人が上記のように
『社会に出てしまえば、学歴なんて関係ない』と言うことは、
全くもって問題ないわけだけど、
三流大卒の僕が同じことを言ったところで
それが正しかったとしても負け犬の遠吠えにしか聞こえない。

ほらっ。さっそく。
細かいことですが学歴の差が出てきた。
言えないんですよ。どんなに自分が正しいと思っていたとしても。
こういう細かいことの積み重ねで、
僕は『立派な学歴を持つこと』をオススメしているわけです。

我が家の長男が来年度五年生になる。
もうそろそろ本気で中学受験をするか否か決定しなくては
ならなくて、僕もボンヤリ学歴について考えてるんだけど、
現実的には『別に受験なんてしなくてもいいんじゃないか?』
って思っている。でも、彼まだ小学生なわけで。
彼本人だけに選択させるのは酷だ。

いろいろ細かいことまで考えると、
今後の選択肢を増やしてやるってことと、
上記の自分自身の経験を踏まえて考えるに
親心(自分自身の心とは別に)としては、
受験して私立に行かせてやるってのが親としての
勤めなんじゃないかと思ってしまうわけである。

周りの父母の考えを聞いても、
統計的に見ると、やはりあまり高学歴でない親の方が、
子供を中学受験させてやりたいと思っている率が高い気がする。
高学歴の親は、「どっちでもいいんじゃない」って意見が多い気がする。

う~~ん。どっちだ?どっちを選ぶべきか?

人生とは選択の連続である。
いや、人生とは選択することの積み重ねで
作られていると言っても過言ではないだろう。

僕たちは、この長い人生で
意識的に、また無意識に
ず~~っと物事を選択しながら生きている。

何時(なんじ)に起きるか?
何を食べるか?
何を着るか?

小中義務教育の時は、
『学校に登校する』ということは、
良くも悪くも選択する余地無しなわけだが、
それ以外のこと、勉強をするも、スポーツをするも、
何もせずノンベンダラリと日々を過ごすも選択可能。

義務教育ってのは、ある意味で大人(国)の優しさである。
「まだ小さな子供だから、せめて毎日一つだけすべきことを
 決めておいてあげよう」
ってことだ。つまりそれは「学校へ行くこと」である。

成長していくにしたがって
徐々に全てを自分に責任において選択することを余儀なくされる。
「自分のやること、居場所は自分で選択し確保せよ」ってことになる。

何度も言うように、僕は会社員として働いているわけだけど、
会社での仕事のできるできないってのは、
その人の「選択する力」による所が大きいと思う。

いかに会社にとってのベストな線引きができるか否か。
上司、また万人が納得できる選択ができるか否か。

社会に出ると、その人の選択力によって人材の優劣が
判断される側面があると思う。全てとは言わないけど。
決して、学力ではないことは確か。

そういう意味では、
もっとフリーな感じで子供を育て何でも自分で選択させる
ような土壌を作ってやるべきなのかなぁとも思う。実際のところは。

受験するか or 受験しないか
親が決めてやるか or 自分で決めさせるか

いつまで経っても結論が出ず。
結局、僕の選択力もこの程度ってことだな…..トホホ。



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