”自分が死んだ後のGmailアカウントをどうするか、考えたことありますか?”を考える

lifehackerの記事で気になる見出しを見つけた。

”自分が死んだ後のGmailアカウントをどうするか、考えたことありますか?”
(http://www.lifehacker.jp/2012/03/120309_gmailaccount.html)

確かに………。
これは”No internet,No life”になった現代において
遺言以上に重要な問題かもしれません。

たぶん個人情報の重要度でいえば、
自宅に家族のモノと一緒においてある書類より
インターネット上に置いてあるモノの方がはるかに
重要度が高い気がします。(法律的なものを除いて)

逆に言えば、
家族に見られたくない情報も、あまた含んでいることは
間違いないわけです。

自分しか分からないわけだから
死んでしまったら誰も処分することができません。

これらをどうするのか?

これは難しい問題です。
例えば、『もしも』の際に備えて自宅PCに家族宛で
アドレスとパスワードを残しておく。
(lifehackerにあるように利用規約違反になることもありますが….)
でも、この場合必要な情報だけでなく見せたくない情報も
同時に家族に知られてしまう危険性があるわけです。
その場合、家族に漱石の『こゝろ』ばりの衝撃を与えてしまいかねない。

例えば、実は五反田のSMクラブの常連だったとか。
そういうことです。

僕は別に商売でGmailやらクラウドサービスを
使っているわけではないので、
ホントに突発的に死んでしまった場合、
絶対的に必要な情報をインターネット上に残しているわけではありません。

だから人に迷惑をかけたり、由々しき事態になるということはないんですが、
しかし、Gmailにある大量のメール、Evernote、DropBox内の書類。
これらがどうなってしまうのか……。

それらの情報のことを思うと、
福島に残された動物をTVで見た時と同じ感情になってしまうのは
私だけでしょうか?(不謹慎ですが、あくまで例えですのでご勘弁ください!)

FACEBOOK、Google+などは実名なので若干なりとも
『僕』だと認識してくれる人たちがいるけど、
それ以外は僕しか分からない。
それはそれは個人情報のオンパレード。

そして、もっとも気になるのは、
この子供のように大事にしているブログ(笑)。

僕が突然死したらどうなるんでしょうか?
いろいろ考えてみたが、
一番確立が高いのって、『放置』されることだと思う。

つまり『どうなるもへったくれも、どうにもならない』っていう。

何が怖いってコレが一番怖い。

だって既に本人は死んでしまっているのに、
ブログの更新を心待ちにしている人がいたり、
何年間も読まれたりするわけです。
書いた本人が既に死んでいるなんて誰も分からない。

この『分からない』って所に鳥肌が立ちます。

最近は当たり前のように使ってますが、
よくよく考えると不思議な世界です。
言葉だけは聞いたことあるけど、
バーチャルってこのことだなぁって実感します。

このテキストを書いているのは、BlockFrog(ブロフロ)であって
その人は架空の人なわけですよね。
そんな架空の人物としての人生と、本名でただのリーマンとして
社会生活を普通に過ごしている僕がいて。
んで、僕なんか、
『僕がBlockFrogって名前でブログやってて、ツイッターやってて』
ってことをホントに僕以外誰も知らないわけだから。

本名の僕が死んでしまったら同時に架空の僕も死んでしまい、
しかも架空の僕に関しては、それ以後、
死んでいるのか、生きているのかも分からない状況になってしまうわけです。

コレ怖いな…….。

皆さんもツイッターなんか仮名やってる人がほとんどだと
思うんだけど、

『○○さん、最近つぶやかないな~。飽きちゃったのかな~』

っと思い当たる人がいるとしたら、
ひょっとしたら、その人は既に死んでるかもしれないっていう……。

なんか物凄く切ないっていうか、物悲しいっていうか
そんな感じしませんか?それって。

ネットの世界で有名になった人が、
次第に現実の自分のコトを話し始めたり、実名を公表したくなったり
するのってこういう心理が働くのかなぁっと感じた次第です。はい。





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