ツイッターという名の止まり木

つくづくツイッターっては、止まり木だな~と思う。

Facebookとの最大の違いはソコ。
Facebookってのは基本的に実生活でも関係のある人達が、
その延長線上でネット上でも密に情報を共有しようというSNSなわけで、
その関係ってのは1本の線で繋がっている。

それに引き換えツイッターは、基本匿名でのサービスであり
実生活では無関係な人々が、自分の興味の糸を手繰り寄せた結果、
たまたま繋がった関係なわけで、その関係ってのはツイッターという
道具を通してのみ繋がっているケースが多い。
だから、フォロワー同士のつながりは点と点。
一度、袖をすり合わせ少し交流を深めたとしても、
お互いがツイッターという道具を使わない限り交流はできない。
ある日突然、姿を消しその後どうなったのかもわからない。

僕のフォロワーさんで、ココ2ヶ月近くツイートを
お見かけしなくなった方がいらっしゃる。

それ以前は、一日に結構な回数ツイートされる方で、
少しメンションを飛ばしあったりして
フォロワーさんの中では、ぼちぼち交流のあったほうであった。

最近、見かけないな~っと思っていて、
その方の運営されているブログ(このブログも僕のブログのように
零細ブログではなくアクセス数も結構あったように思う)
にアクセスしてみたのだががNot foundになっていた。

何があったのか?

Facebookであれば、
手繰り寄せる糸は、いくらでもあっただろうけど、
ツイッターではそうはいかない。
一応、ツイッターのメール機能でメッセージを飛ばしてみたが
特に返信はない。

点と点で繋がっているツイッターの場合、
これ以上、糸を手繰り寄せることができない。

つくづくツイッターっては、止まり木だな~と思う。
一度、止まって休んでは、何の痕跡も残さずパッと飛び立つだけ。
バーで飲んでる感じに近い。1人で飲んで同じカウンターの別の客と少し話す感じ。
Facebookはみんなで居酒屋。

この希薄な関係性の物悲しさがたまらないなぁ。
以前、この記事でも書いたけど
(”自分が死んだ後のGmailアカウントをどうするか、考えたことありますか?”を考える)
コレが現実に身の回りで起こった場合の衝撃って結構なもんなんだと実感しました。
(まぁ、亡くなってはいないと思いますが……つか、それ自体も分からないんですけどね)

オフ会でも開くか。オフ会でも。(嘘)
あと、変更したばかりでしょうが、
ツイッターのマークも小鳥単体じゃなくて枝に止まってる小鳥にして欲しいなっと、
少々寂しい気持ちで思ったのでした……。





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