息子

運動会と空いた穴

先週末、長男の小学生最後の運動会があった。

退屈な小学校行事の中で
唯一僕のモチベーションを上げてくれる行事「運動会」。

最後ということで実家のジジババも呼び寄せ
レギュラーメンバーの中目のバァバ、我ら家族と
総勢6名で盛大に応援をしてきた。
85メーター走。騎馬戦。組体操。そして紅白リレー(なんとアンカーだ)。
十分過ぎる内容で惜しみない拍手を送ってきた。

そして昨日。今日。

なんだろう。この感じは。
心にポッカリと穴が空いた感じ......。
長男本人はいたって今まで通りなのだけど。
親二人、僕と嫁の心にはポッカリと穴が空いてしまった。
この喪失感というか、なんというか。
世に言う燃え尽き症候群みたいなもの。

嫁と僕の中で無意識に、この運動会を長男の小学校生活の節目と
していたようである。なんかもう子育てが終わったかのような感覚に陥っている。

保育園時代は異常なほど長かったが、
小学校時代はそれはもう光の速さで突き抜けてしまった感覚だ。
んっ?、保育園......そう。それだ。
この感覚は感慨深いとか、そういうものなのかもしれない。
我々夫婦の運動会は自分の子供の成長を確認するためだけのものでは
なかったのかもしれん。

我が家の子供たちはいずれも0歳の頃から保育園に預けられている。
0歳の頃、まだ立ち上がることも這うこともできず、
その辺にゴロンと転がされていた頃から長男の隣で寝ていた子供たちが
いまだに同級生として長男といっしょに走ったり組体操をしたりしているわけである。
0歳から数えて丸々12年土日を除きほぼ毎日一緒に過ごしている同級生が
8人もいるのだ。この8人は保育園、1~3年生までの学童クラブ、
1~6年生までの小学校。全て一緒。親よりも多くの時間を共に過ごしている。
ほぼ兄弟と言っても過言ではないくらい。

その8人ほとんどが中学受験をするわけで、ついに、ついにバラバラになるわけだ。
(まぁ、受験に失敗した場合、さらに3年間ともに過ごすことになるわけだが、
 今回はクラス分けがあるので一緒とは限らないだろう)

そんな小さかったあの子やこの子が、
長男とともに手を取り肩を組み一緒になって走っている姿を見るとしみじみ
「みんな大きくなったなぁ」っと、胸にグッとこみ上げてくるものがある。

そう。我々夫婦にとって運動会は実の我が子の成長と
我が子のように見守ってきた我が子のような彼らの成長を確認する
大事な行事だったのだ。

たぶん、この気持ちはその同級生たちの親も同じだと思う。

子供ができると自分の時間が犠牲になる。
これは間違いない。好きなことができなくなる。
しかし、子供を持つ喜びというのはそれに反比例して
自分の時間や労力を犠牲にすればするほど大きくなる。
それも間違いない。

卒業式、泣くだろうな。オレ。
そして、こう思うんだ。
子供に多くの時間かけてきてよかったなってww

でも、次男は2歳っていう。
まだまだ先は長いな.....。
我々は何年子育てすればいいんだ.......。
たぶん、嫁も僕も前世で子供関係で悪い事したんだ。
業だな。前世の業。
神様がまだまだ子育てしろっていってんだな。ハァ.....。

-息子