面白くなきゃ本じゃないじゃん

昔から本が好きだが最近趣味が変わってきた。

高校時代は古典ともいえる漱石、太宰、芥川などなど。
大学になるとトルストイ、ドフトエフスキー、ニーチェ、W村上、
その他、宮代とか大塚英志とか浅田彰とか、
やたらめったら難しくてカチカチなヤツばっかり。

たぶんね。そんな難しい本を読んでる自分に
酔ってたんだと思うんだよね。
漱石、太宰、芥川、W村上とか、その辺は読めるよ。面白く。
でも、その他を楽しく読んでるか?って言ったら
絶対そんなことないものね。
読んで分かった気になってるだけで。
理解不能ですよ。難しくて。
言ってることの9割分かってなかったと思う。

でも、なんでもそうだけど個々人で「楽しみ方」ってのが
あるわけで、例えばSNSで例えると、
自分の近況を報告するために使ってる人がいて、
自分の写真をストックするために使っている人がいて、
ブログのように日々の日記として使ってる人がいて、
自分の拾ってきた面白いと思える記事を共有するために使っている人がいて。
それぞれ楽しみ方がある。
それと同じように当時の僕の読書の楽しみ方ってのは、
さも「知識人」であるかのように、それを読んでいる自分に酔える
ってところにあったのだろうと思うわけです。はずかしながら。

若気の至りですね……。

最近は、そういう疲れる読み物は
全然読まなくなってきて、年齢のせいなのかシンプルで
分かりやすい読みやすいものが好きになってきました。

せっかく読むなら、なんだかよく分からんものよりも
楽しく読めて、後味が良く、考えさせられるモノよりも
できたら優しい気持ちだったり感動できるものが好み。

だいぶハリボテが剥がれてきて自分の欲求に忠実になった。

最近では、百田尚樹さんの全作品と高田郁さんの全作品を
読ませていただきました。
このお二人のことが好きな理由は、

「どうだ?オレの書いたコレいいだろ?面白いだろ?
 センスの無いヤツや頭の悪いヤツには
 分からないとは思うけど最高だろ?オレの作品」

という作家のエゴが無いところだ。

このお二方は、「読者が面白いと思ってくれる作品を提供したい」
という気持ちで作品を作ってらっしゃる作家さんだと思うのだ。(勝手に)
そういう読者側に立っている気持ちが文章や構成から伝わってくる
作家さんだと思う。

本はエンターテイメント。
面白くなきゃ本じゃないじゃん。ってことで。

ちょうど昨日、高田郁さんの「出世花」を読了した。

「みをつくし料理帖」同様、胸にグッとくる優しい作品だった。
やっぱり小説は悪人がいっぱいより、善人がたくさんの方が好みだ。

これで高田作品は前作読んでしまったので、なんか物悲しい気持ちだ。
新刊を首をなが~くして待つことにしよう。



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